| 学科 | 教育文化学科 | ゼミ教員名 | 崔 紗華 | 年度 | 2025年度 |
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| タイトル | 移民第二世代と日本語教育 ―語りから明らかにする日本語の役割と多文化共生社会への示唆― | ||||
| 内容 | 本研究は、移民第二世代にとって日本語を学び使うことがどのような意味を持つのかを明らかにするものである。4人の若者へのライフストーリー・インタビューの分析から、日本語は適応のための手段にとどまらず、他者との関係構築や自己理解を通して「社会に対峙する自分」を形作るものとして意味づけられていた。近年、日本語教育は社会的に注目が高まる一方で、歴史的には国民国家の枠組みのもとで外国人に適応を求め、多文化共生を形骸化してきた側面がある。その結果、同じ歴史を再生産する危険も残る。今日の日本語教育に求められているのは、一人ひとりが主体的に対話するための「にほんご」を育てることである。本研究の意義は、政策や言説と個々の経験の両者を往復的に捉えることで、いずれか一方からでは捉えきれない日本語の意味づけを明らかにする点にある。日本語教育が実質的な多文化共生社会をいかに支えうるのか、その役割を問い直す。 |
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| 講評 | 本稿は、移民第二世代にとって日本語を学び使うことがどのような意味を持つのかを、4人の若者へのライフストーリー・インタビューの分析から明らかにしたものである。日本語教育分野では、日本語の指導法やスキル、教師教育、学習者の学びのあり方についての研究が多い一方で、日本語教育そのものが現代社会においていかなる意義を持つのかを明らかにした研究は多くない。本稿は、日本語教育に関する政策を丁寧に明らかにしながら、そうした政策のもとで日本語の学習をしてきた当事者たちの語りを丁寧に紡ぎ出し、日本語教育の意味を模索するものである。その結果、日本語は適応のための手段にとどまらず、他者との関係構築や自己理解を通じて「社会に対峙する自分」を形作るものとしての意味があったことを明らかにし、インタビューイー一人ひとりが人生の主体として生き抜く等身大の姿が描き出された。学術的な貢献もさることながら、外国人だけに適応を求めるホスト社会のあり方にも警鐘を鳴らし、一人ひとりが主体的に対話するための「にほんご」の必要性を明らかにした労作である。 |
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| キーワード1 | 移民第二世代 |
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| キーワード2 | 日本語教育 |
| キーワード3 | 多文化共生 |
| キーワード4 | ライフストーリー・インタビュー |
| キーワード5 | にほんご |