| 学科 | メディア学科 | ゼミ教員名 | 水出 幸輝 | 年度 | 2025年度 |
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| タイトル | 家電としてのテレビと電力システム ―1960年代沖縄本島北部のテレビ受信環境― | ||||
| 内容 | 本稿では沖縄のへき地を対象に、電力システムから〝家電としてのテレビ〟が普及する条件を検討した。1950年代を通して、琉球電力公社・各配電会社は都市部の民間向け電力事業を拡充させた。1960年代に入ると、琉球政府は電化が遅れる本島北部や離島に対して「農山漁村電気導入法」なる対策措置を講じた。しかし同法がもたらす電化とは小規模なものであり、たいてい日没後数時間の時間点灯であった。1964年秋の東京オリンピック開催時、本部町では電圧の事情からテレビ受像機を十分に利用できず、東村では特例として昼間の電力供給が行なわれたという。1960年代後半には、琉球電力公社が北部地域をネットワーク化したことで、1.昼夜点灯の実施、2.電気料金の値下げ、3.安定した電圧という家電利用の条件が揃う。こうして1970年頃には本島北部でもテレビ、洗濯機、冷蔵庫等の利用が一般的になった。本稿は電力システムに焦点を当てることで、テレビ視聴を支える条件の多層性を明らかにした。 |
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| 講評 | 本稿は、沖縄のへき地を舞台に、人びとのテレビ経験を電力との対応で紐解こうとしたものである。放送研究はアーカイブ状況に研究が依存し、日本放送協会を軸としたものが多い。そのため中央のメディア経験が一般化されがちだが、本稿はそうした歴史記述を相対化するものとして高く評価できる。また、放送の内容以前に、人びとの経験を決定的に規定していたインフラに注目したことも、既存の研究との対応で重要な視角をもたらした。テーマや切り口の設定には時間を要したが、その分、土台のしっかりとした研究論文となった。 |
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| キーワード1 | テレビ |
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| キーワード2 | 電力システム |
| キーワード3 | 沖縄 |
| キーワード4 | へき地 |
| キーワード5 | 東京オリンピック |