学科 | 教育文化学科 | ゼミ教員名 | 沖田 行司 | 年度 | 2016年度 |
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タイトル | 本居宣長の主情主義的人間観の一考察 |
内容 | 人間の最も人間らしい部分、それは「こころ」ではないだろうか。日々、様々なものや出来事に嬉しい、悲しい、面白い、腹立たしいなど思い、感じ、心動かされることこそが「人間らしさ」である。様々なことを「思う」ことは、どれだけ便利な世の中になったとしても、時代が移り変わっても「人間」である以上変わることはない。現代社会は、合理的に物事を判断すること、理性的に行動することが最優先になり、その結果、こぼれ落ちてゆくものがある。そうした人間的とはどのようなものであるのかを、和歌や物語、そして自身の生活を通して、儒教道徳では理解することのできない人間の真心の美から理想的な人間像を追究したのが、江戸中期の国学の大成者、本居宣長である。 本居宣長の生き方や主情主義的人間論から生まれた「もののあはれ」などの思想を通して「人間とはなにか」、「どうすれば人はより豊かに生きることができるのかについて考えていくのが本研究である。 |
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講評 | 本年は卒業研究が1本と卒業論文が17本の計18本の提出があった。ゼミの半数近くが体育会で、特に1月2日まで現役で試合をしたラグビー部に所属する学生が4人とマネージャー1人の5人もいたことから、卒論に専念すべき時期と、大学選手権の試合の時期が重なり、学生も大変だっただろうし、指導する私も戦闘状態でした。日本教育文化史のゼミでは文献史料の読解が不可欠で、先行研究の書物を読むことと併せて、かなりの負担があったと思いますが、私が要求する最低限の内容は全員クリアーしていました。部活動やアルバイトや就職活動で、指導の時間がまちまちとなり、長い時には6時間ほど座り続けてかなり老体に堪えました。しかし、論文指導を通して、はじめてゼミ生の考え方などに触れることが出来、相互理解が深まったように思われる。 |
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キーワード1 | もののあはれ |
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キーワード2 | 国学 |
キーワード3 | 主情主義的人間観 |
キーワード4 | 情 |
キーワード5 | 和歌 |