学科 | 産業関係学科 | ゼミ教員名 | 石田 光男 | 年度 | 2008年度 |
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タイトル | 過労死―日本における長時間労働の特殊性― |
内容 | 外国でも「karoshi」で通じるとされ、日本特異の事象であると認識されている過労死と長時間労働について扱った。過労死がなぜ起こりうるのかを日米の雇用システムや労働者環境の比較によって探り、なぜ日本だけで過労死が社会問題化しているのかという答えを、国際的にも研究されてきた日本的経営の特徴に求めた。アメリカを比較対象に選んだのは、日本と同じ程度の長時間労働でありながら過労死が社会問題化していないからである。日米比較を進めた結果、日本の労働者環境は労働市場の柔軟性の違いなどから、アメリカ以上に逃げ場のない重圧を受けているとの考察に至った。また、アメリカの仕事に対する契約意識に対して、前述の閉塞的な労働環境からくる日本の労働者の企業に対する帰属意識が過労死に影響していると考察した。 |
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講評 | 本年度から卒業論文の口頭試問を実施した。教員にとって負担も増えるが、これはすべきであると思っていた。実際、行ってみて学生にも緊張感があり一つのけじめとして意義がある。私自身も例年よりも卒論指導を早めにし、発表も徹底するようにした。学生、教員いずれにも効果がある。 卒論はいかに稚拙であっても、学生時代の決算ではある。いかに決算するか。そのさせ方に各人の個性が潜んでいるのがいい卒論だろう。問題意識が明確であるか、関連の研究に目を通しているか、その評価が自分なりの尺度をもってできているか、深く人一倍考えた点があるか。このあたりが私の着目している点である。とはいえ、それらがきちんとできるには30歳くらいまで勉強しないとだめで、卒論の評価の具体的基準は、論旨が通っているか、文献の数は多いか、正確に脚注が付されているか、という次元がものをいう。 私の本当の願いは、形式がおかしくても、結論も定かでなくても、人一倍こだわり考えたことがこういうことですと表現できている論文に出会いたいということだ。強烈な深掘りと言うべきか。 私自身の卒論の口頭試問については汗顔の記憶ばかりが残っている。主査が中西洋先生、副査が兵藤つとむ先生で、なんと40分の遅刻、しかも兵藤説は間違っているという内容、かつ兵藤先生の質問の意味がわからず中西先生に助けられて答える始末。それでも、そんなことが40年近く前のことでも鮮明に思い出されるのが今では懐かしい。 |
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キーワード1 | 日米比較 |
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キーワード2 | 過労死 |
キーワード3 | 長時間労働 |
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